湯原小学校稲子分校 【七ヶ宿町 限界集落】
七ヶ宿町稲子集落、
湯原小学校稲子分校跡です。
廃墟に書くべきか、廃校に書くべきか迷いましたが、ここは特別なので廃墟にしときました。 実際廃墟あるので。
まず稲子の説明を。
稲子は七ヶ宿町というくくりですとわからないのですが、
稲子集落はわずか3世帯、4人しかいないという超限界集落なのです(゚д゚)!
七ヶ宿街道ははるか昔からの街道。
白石城から山形へと、先人たちが歩んだ道です。
なので家はかなり多いんですが、
洋服買えるような店は全然ありません(;´Д`)
七ヶ宿町はむちゃくちゃ広く車でも凄く時間かかるほど広いんですが、面積の92%は森林(´・ω・`)
人口1600人、703世帯と、過疎地域に指定されています。
703世帯のうちの3世帯、4人のみが稲子です(´・ω・`)
正直無理もないと思います。ただでさえ七ヶ宿町自体過疎地域になっているのに、ここ稲子地区は七ヶ宿街道からも離れた
山形、福島、宮城の3県の県境です。
↓マップ
マップを見るとわかりますが、周りには何もありません(;´∀`)
福島からも飯坂温泉からはるか先、
山形からも曲がりくねった峠を越えます。現在通行止め。
宮城からは七ヶ宿街道から稲子峠を越えて。
正直不安ですよ。救急車来るのに考えられない時間かかりますから(;´Д`)
鬼首なども同じような条件ですが鬼首はまだ世帯数がありますが、ここ3世帯ですからね(´・ω・`)
ここから細道に入りますと稲子峠です。
カーナビでは稲子峠ではなく、山形から入るルートにナビされましたが、それでは大きなロスです。しかも通行止めですし。
そしてここが稲子の最寄りバス停の
付近です(;´Д`)
平坦な7kmじゃないですよ。険しい峠道の7kmが最寄り(´;ω;`)
稲子は足軽の集落でした。
稲子といい、ここに配置されるのはどんな気持ちだったんでしょう(´・ω・`)
入口。
携帯の電波がありませんでした。
人口カバー率99%とか言ってますが、
ここにも人住んでんだよ!(#^ω^)
建物がぶっ潰れてそのままです(´・ω・`)
稲子はストリートビューで見たほうがわかりやすいかと思います。
至って狭い範囲でしかないので、ストリートビューでもすぐ終わります(;´∀`)
こういう所で藩があった時代に番をしてたわけですよ(´・ω・`)
この先にお堂があります。
↑分校はここを登ります。
事前リサーチしてたので、長靴持ってきてました(・∀・)
分校は左のこの草むらを進みます
↑これ、一応道になってます。
学校のフェンス!
これが唯一残ってる物です!(;´∀`)
ここが稲子分校です!
ジャングルじゃないんだぜ(・∀・)
稲子分校ですが、へき地等級4級でした。
もう当然ですね。
昭和48年閉校です。
右の石段をちょっとだけ登ってみたんですが、
お地蔵さんの頭が無くなってました( ;∀;)
探してみたんですが見当たらない・・・。
道路向かいに物干し竿あったりしてのどかですが(´∀`)
現在山形からは通行止めです。
ここは三か所の入口がありますが通行止めはしょっちゅうだそうで(´・ω・`)
その割には結構車両とすれ違いました。
物好きがいるんですね・・・
稲子峠で車は4~5台、バイクも4台ほどすれ違いました。
あとロードバイク(自転車)で練習してる人もいました。
ちなみに帰るのに稲子峠入ったら
熊と遭遇しました(;´∀`)